ここ数ヶ月、仕事がほんとに忙しかった。自由に使える時間が少なくなって、このサイトの更新も、ほとんどヤフオクの高額盤の記事ばかりになっていた。
あの記事はAIを使えば短い時間で作れるので、なんとか更新を続けられていたわけで。
自分の考えていることや、最近あったことをゆっくり文章にする時間はなかなか取れなかった。
そんな数ヶ月の間に、生活も考え方も少しずつ変わってきた。
そして、肝心のレコードについては、また少し飽きてきてしまった。
今回はそんな近況も交えながら、レコードのバッドについて考えてみる。
バッドというのは、レコードの悪口を言いたいという意味ではない。
好きだからこそ見えてくる、レコードのよくないところ。普段はあまり言わないけれど、実はちょっと嫌だと思っているところ。
そういう話。
筋トレと、最近の自分の変化
まずはレコードとは関係のない近況から。
筋トレは相変わらず続けている。
出禁になったアクトスからFIT-EASYに乗り換えたのだが、以前より本格的なトレーニングができるようになって、ますます楽しくなってきた。
体重は10キロ近く増えた。見た目にも体が結構大きくなってきたと思う。
「筋トレはすべての悩みを解決する」なんて話がある。
さすがに全部は解決しないだろうけど、あながちウソでもないと思う。
数ヶ月前は仕事のストレスで眠れない夜もあった。それが今ではほとんどなくなった。
体を鍛えていると、体力だけでなく気持ちにも余裕ができる。
それに、人は案外、相手の体格を見て接し方を変えているものだと思う。自分の体が大きくなって、そう感じる場面も増えた。
強そうに見えることがすべてではないけれど、体が大きいというのは、思っていた以上に有利なことなのかもしれない。
最近読んでいる本も変わった。
以前は禅やメンタルの癒し系の本を読んでいたけれど、このところは引き寄せや心理に関する本ばかり読んでいる。
何年も同じような生活を繰り返していて、自分が思い描いているような変化がなかなか起きない。
それは環境だけでなく、自分の考え方や、無意識のうちに身についた習慣にも原因があるんじゃないか。
最近はそんなふうに考えるようになった。
だから少しずつ、考え方も時間の使い方も変えようとしている。
そして、その中で気になり始めたのが、レコードとの付き合い方だった。
1つ目のバッド:溜まってくるとストレスになる
レコードについては、数年ぶりに飽きモードがやってきた。
たぶん、これで3回目くらいだと思う。
ほんの2、3ヶ月前までは、休日のレコード店巡りが楽しくてしかたなかった。
休みの日は午前中からジムへ行き、筋トレをする。
そのあとシャワーを浴びると、なんとも言えない充実感がある。
まだ昼なのに、もう十分にいい休日を過ごしたような気分になる。
そして、その足でレコード店を巡る。
好きなレコードやCDを探しながら、あちこちの店を回る。
これがほんとに楽しかった。
ところが、そんな休日を繰り返しているうちに、部屋の中が大変なことになってきた。
レコードもCDも、どんどん増えていく。
自分は買ったレコードやCDを、一度クリーニングしてから聴いたり収納したりしたい。
でも、仕事が忙しくて、その時間がない。
結果、買ってきたCDは玄関に山積みになった。
宅配便の配達員が来るたび、散らかった玄関を見られる。
あの、ちょっと怪しむような視線が悲しい。
レコードのほうも似たような状態だった。
ターンテーブルの上に、買ってきたレコードが何枚も平積みになっている。
何十枚も買ったのに、ほとんど聴いていなかったと思う。
しまいには、最後に買ったレコードが何だったのかさえ思い出せなかった。
何をやっているんだろう。
レコードを買うのは楽しい。
でも、買ったレコードが溜まっていくことは、いつの間にかストレスになっていた。
ここで、もうひとつ気づいたことがある。
そもそも自分は、なぜこんなにレコードを買っていたんだろう。
もちろん音楽が好きだからだ。
でも、それだけではなかった。
売ってお金になるから、という理由も大きかった。
趣味として好きなレコードを探しているだけで楽しい。
その途中で売れそうなレコードが見つかれば、それを売ってお金にする。
そうすれば、またレコードを買う予算ができる。
趣味を楽しみながらお金も増える。
なんて無駄のない、いい時間の使い方なんだろうと思っていた。
ところが、いつの間にか目的が逆転していた。
自分の好きなレコードを探すことよりも、売るためのレコードを探すことが中心になっていたのだ。
思い返せば、収入が少なくてお金に余裕のなかった時期があった。
あの頃、やたらとブックオフを巡っていたのも、そんな不安を紛らわせる意味があったのだと思う。
もちろん、それが悪かったとは思わない。
むしろ、レコードやブックオフのおかげで助けられたことも多かった。
好きなことが実益にもなったのだから、ほんとにラッキーだったと思う。
でも、今は状況が変わった。
以前のように、お金の心配ばかりしている必要はなくなった。
だったら、もう同じことを続けなくてもいいんじゃないか。
いつまでも、少しでも安く買えるもの、少しでも高く売れるものを探し続けなくてもいい。
もっと先のことや、もっと大きなことに時間を使ってもいいはずだ。
こう考えるようになったのも、最近マインドや心理の本を読んでいることと関係しているのだと思う。
自分は、もう考え方を変える時期に来ているのだと思う。
2つ目のバッド:レコードの偏愛が、他人を見下す理由になる
最近、もうひとつ変えたことがある。
スマホからXとYouTubeのアプリを削除した。
少し空いた時間があると、無意識にスマホを開いてしまう。
Xを眺めたり、YouTubeを見たりしているうちに、10分、20分と時間が過ぎていく。
もちろんおもしろい情報もある。
でも、あとから振り返ると、自分にとって何が残ったのかわからない時間も多かった。
そういう時間を減らしたかった。
特にXについては、もうずいぶん見ていない。
実は、Xを見なくなった直接のきっかけがある。
あるレコード店の店主による投稿だった。
正確な文章は覚えていないけれど、レコード店を経営するコツについて、自分がよいと思わない音楽をいかに売るか、という趣旨のことが書かれていた。
これを読んで、ひどく不愉快になった。
もちろん、誰にだって音楽の好みはある。
好きな音楽もあれば、理解できない音楽もある。
それは当たり前のことだ。
自分だって、すべての音楽を好きなわけではない。
ただ、自分が好きではない音楽を、よくない音楽として扱ってしまう感覚には違和感がある。
自分の好みに合わない音楽と、価値のない音楽は違うと思うのだ。
ましてや、そのレコードを売っている店主が、そんな考え方をしているとしたらどうだろう。
お客さんは、その音楽が好きだからレコードを買いに来ている。
ずっと探していた一枚なのかもしれない。
高いお金を払ってでも、どうしても欲しかったレコードなのかもしれない。
それなのに、売っている本人が内心では「こんな音楽を聴くのか」「こんなレコードに、そんな値段を出すのか」と思っていたとしたら。
自分だったら、そんな店では買いたくない。
投稿を読んでそんな想像をしてしまった。
おそらく、自分とその店主では音楽の趣味がかなり違う。
だから、自分の好きな音楽まで否定されたように勝手に感じた部分もあったと思う。
それを差し引いても、やっぱり不愉快だった。
その後、最近生産されているレコードの音質についても、否定的な投稿を見かけた。
新しいレコードに音質面での価値は期待できず、メモラビリア(記念品)としての価値しかない、という趣旨だったと記憶している。
これも引っかかった。
新しいレコードの音質について、議論すること自体はいいと思う。
でも、音質だけがレコードの価値ではないはずだ。
好きなアーティストの新作を、レコードで持っていたい人もいる。
ジャケットが好きで買う人もいる。
限定盤が欲しい人もいる。
音質にこだわって買う人もいる。
どれも自由だ。
その人が何に価値を感じて、何にお金を使うのかは、その人が決めることだと思う。
自分の価値観でレコードを語るのはいい。
でも、その価値観を物差しにして、違う楽しみ方をしている人まで否定するような言葉には、抵抗がある。
そんな投稿を見ているうちに、もうXなんか見ないほうがいいと思うようになった。
わざわざ人の発言を見に行って、不愉快な気持ちになる。
そんなことに自分の時間を使う必要はない。
3つ目のバッド:レコードにハマると、人はウソをつく
もう少し、このレコード店の話を書いておく。
以前、その店主はXで、毎日80枚ほどレコードを品出ししていると書いていた記憶がある。
別のときには60枚という数字も見かけた。
毎月2000枚ほどの買い取りがあり、その処理が大変だという話もあった。
これを読んだ自分は、素直にすごいなと思った。
そんなに毎日新しいレコードが並ぶのなら、何日も続けて通えば、いいものが買えるはずだ。
そう思って、実際に連日店を訪れたことがある。
でも、自分の目には店頭の品揃えが前日とほとんど変わっていないように見えた。
あれだけ新しいレコードが入ってくるという話だったのに。
心底がっかりした。
もちろん、実際には品出しされていたのかもしれない。自分が気づかなかっただけという可能性もある。
ただ、投稿を読んで想像していた光景とはずいぶん違っていた。
もうひとつ、忘れられないことがある。
その店主が、ほかのレコード店を批判したことはない、という趣旨の投稿をしていた。
でも、自分は以前、その店の店頭で、店主が知り合いらしいお客さんに別のレコード店について否定的な話をしている場面に居合わせたことがある。
話題に上がっていた別のレコード店がオープンした頃のことで、そう昔の話ではない。
店主にとっては批判ではなく、単なる情報提供や忠告だったのかもしれない。
ただ、自分には明らかに否定的な話に聞こえた。
だから、その投稿を読んだときには、少し驚いた。
こういう経験が重なると、人の発信する言葉を以前ほど素直には受け取れなくなる。
レコードの世界では、知識や経験が豊富なことが一種のステータスになることもある。
自分の知識を誇りたくなることもあるだろう。
自分の店を魅力的に見せたくなることもあるだろう。
好きな音楽について、つい強い言葉を使ってしまうこともあると思う。
でも、そんな熱量が行き過ぎると、話が大げさになったり、自分の価値観だけが正しいような言い方になったりする。
ウソなのか、誇張なのか、単なる思い違いなのか。
外からはわからないことも多い。
ただ、レコードが好きという共通点があるからこそ、そうした言葉を信じてしまうこともある。
そして、期待が裏切られたと感じたときには、余計にがっかりするのだ。
レコードが嫌いになったわけじゃない
レコードが嫌いになったわけではない。
むしろ、長い間好きでいたからこそ、こういうことが気になるのだと思う。
そして、よく考えると、自分だってレコードのバッドな部分にずいぶん振り回されていた。
好きな音楽を聴くことより、売れるレコードを見つけることに夢中になっていた。
買うこと自体が楽しくなって、聴ききれないほどのレコードを溜め込んでいた。
レコード店のXをわざわざ見に行って、不愉快になっていた。
どれも自分で選んでやっていたことだ。
レコードそのものが悪いわけではない。
自分の時間や気持ちを、どこに向けていたのかという問題なのだと思う。
以前は、少しでも安くレコードを買えたらうれしかった。
高く売れたら、もっとうれしかった。
それが生活の助けになった時期もあった。
だから、そんな過去の自分を否定するつもりはない。
あの頃は、あれでよかった。
でも、今はもう少し違う楽しみ方をしたい。
休みのたびにレコード店へ行かなくてもいい。
何も買わずに帰ってもいい。
新しいレコードを探す前に、まだ聴いていないレコードを聴けばいい。
音楽について、他人の意見をわざわざ確認する必要もない。
自分が好きだと思う音楽を、自分の好きなように楽しめばいい。
そして、レコードに使っていた時間の一部を、ほかのことに使ってもいい。
最近の筋トレやマインドへの関心も、そんな変化のひとつなんだろう。
レコードに飽きるのは、これで3回目くらいだ。
だから、きっとまた、猛烈にレコードが欲しくなる時期がやってくると思う。
そのときは、また楽しくレコード店を巡ればいい。
ただ、次にその時期が来たときには、少しだけ違う付き合い方ができていたらいいなと思う。
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